Chapter28「希望」
ボスの逮捕でひと段落したので、弁護士から連絡がくるまでお茶でも飲もうということになり、YMCAのレストランに行くことにした。
もう16時を過ぎていたが、昼飯を食べてないのですごく腹が減っている。僕はサンドイッチと紅茶を頼んだ。
さっきボスが逮捕されてから少しして部屋に入ってきて、余裕の表情で弁護士と握手をしていたサングラスをかけた小柄な男がいた。
僕はてっきりもう一人の弁護士だと思っていたのだが、紅茶を飲みながらあれは誰だったのか洋子さんたちに聞くと、カシミール地方を拠点に活動しているマフィアの元締めだったらしい。
CTTなどを使ってインド中で金を騙し取り、活動の資金源としているグループのトップに立つ男だ。
ボスやイタリア系では話にならないので警察が呼んだらしい。
僕は改めてインドのとても深い部分にまで足を踏み込んでしまったことを実感した。
「カシミールの何が問題なんですか?」
あまりにも旦那さんや弁護士のお兄さんが「カシミール、カシミール」と言っていたので僕は率直に聞いてみた。
旦那さんによると、インドの憲法でカシミールの土地はカシミール出身のインド人以外は持てないようになっていて、最初はカシミールのような避暑地を開放すると人が殺到するからそれを防ぐ狙いだったらしいが、カシミール地方がテロが頻発する危険地域になってからは悪人のアジトみたいになってしまったということだ。
しばらくして旦那さんの携帯に弁護士のお兄さんから連絡が入り、僕らは警察署に戻ることになった。
到着すると、まだにせ政府観光局の連中が粘っていて、車で到着した僕らを発見したイタリア系が
「Mrs.ナラヤン、プリーズ、プリーズ・・・」
といって涙を浮かべながら助手席の洋子さんに哀願した。
「すげーな。これも演技なのかな。こいつら自在に涙を出せるんだろうな」
ハリウッドスター顔負けの演技力に、田中君はあきれている。
もしかしたらあのボスの涙も演技だったのかもしれない。
これで帰れるのかと思ったが、まだ体に異常がないか病院で診断書を書いてもらわなければならないらしい。
「5分くらいで終わるよ」
と旦那さんは言っていたが、結局1時間半もかかった。
もうこのころになると疲弊しきっていて、また旦那さんや洋子さんのことが信用できなくなっていた。
5分が1時間半かかったのもそうだし、サインしたらすぐ解放されると言っていたのに結局一日中かかってしまった。
この分だとサインしたらあとは何もしなくていいというのも嘘なのではないだろうか? 不安が募る。
メイン・バザールまで車で送ってもらう帰り道、急に旦那さんが
「明日2時半に裁判所で証明書みたいなの書いてもらうから、時間に遅れたらまずいから朝10時に運転手よこすからそれで観光しな」
と言った。
また拘束されるのか・・・と思うと気が滅入る。
知らない運転手に連れられて観光してもつまらない。
断ることもできず、フラフラになりながらアジャイゲストハウスに戻った時はすでに夜の19時を過ぎていた。
部屋に戻ると、僕も田中君もすでに思考回路が麻痺していて何も考えることができない。
少し休んで食事をしに出かけたが、お互い疲れていてひと言も発しない。
食事を終えて部屋に戻ると少し回復してきて、改めて明日のことを話し合った。
「俺、電話して明日どうなるのか聞いてみる」
と田中君が言うので、裁判所に行ったら訴訟状にサインすることになるのか、お金は本当にかからないのかを聞いて、もしあしらわれたとしても観光は自分たちでします、ということを伝えようということにした。
電話を終えて部屋に戻ってきた田中君にどうなったか聞いたところ、
○裁判はするかわからないが、多分しないと思う
○観光は自分たちでしていい
○13時に携帯に電話してくれ
ということを言われたらしい。
思わぬ展開になった。
洋子さんが「訴訟状は裁判所でないと書けない」と言っていたので裁判所に行けば間違いなく訴訟状にサインすることになると思っていたからだ。
「少し希望が出てきたな」
明日はまる一日観光できそうだ。
スポンサー広告
感想大募集!!
『裏インド旅行記』いかがでしたか?
これからインドに行く人、もうインドはこりごり
だという人、是非あなたのご感想をお寄せください!
また、インド旅行初心者の役に立つ、
様々なインド体験談も募集しております。