Chapter26「サイン」
今日はオールドデリーに行ってラール・キラーを観る予定だったが、それでは12時には間に合わないので予定を変更しておみやげの紅茶を買いにいく。
デリーに10日近くいるというのにほとんど自分たちで観光ができていない。
12時少し前にマックの前で待っていると、近くにいた客引きが絡んできた。
「ここでなにしてるんだ?あっちに政府系観光局があってフリーマップが手に入るから行かないか?」
僕はちょっと意地悪をしたくなった。
「I know you are lying(おまえが嘘をついてるのはわかっている)」
「what?」
客引きは僕が何を言い出したのか理解できてないようだ。
「ところで誰を待っているんだ?」
客引きがしつこく聞いてきたので僕は「インド人の弁護士を待っている」と言ってやった。
客引きは僕を気ちがいを見るような目で見ていた。
日本人の旅行者がマックの前でインド人の弁護士と待ち合わせているとは彼でなくとも思わないだろう。
そうこうしているうちに旦那さんが一人でやってきた。
スーツ姿で手にはなにやら書類を持っている。
旦那さんのがたいの良さとスーツ姿に、客引きは本当に弁護士が来たと思ったのだろう。いつのまにか消えていた。
「あっちに車あるから」
旦那さんの後について歩き、車に乗り込むと、洋子さんとアーディン君も乗っていた。
僕らはヴァラナシでおみやげに買っていたミニカーをアーディン君にプレゼントした。
アーディン君は最初うれしそうに遊んでいたが、すぐに飽きたようだ。
しばらく走ると、急に車が止まった。
「ちょっと外に出て」
旦那さんは運転席から外に出ると、車のトランクに書類を置いた。
「ここにサインして」
それにしてもまさか何の説明もなくサインしろと言われるとは思わなかった。
僕らはまだ裁判をすることになったのかどうかさえ聞いていない。
「これは何の書類ですか?」
旦那さんによると、これは僕が書いたレポートを洋子さんが英語に直したものらしい。
しかし、すべて英語なのでこれが本当に僕が書いたレポートなのか途中で別の内容が書き加えられてないか、よほどじっくり読まない限り確認することができない。
「どういう書類かよくわからないものにサインできません」
と僕が言うと旦那さんは
「これは君が書いたものだよ?」
と少しイライラしだした。
僕と田中君はきのうのシミュレーション通り、状況がわからないことや費用のこと、裁判をやる気がないことなどを必死で説明した。
「なんか今さらサインしないって言いだしたよ」
と旦那さんは車の中の洋子さんに助けを求めた。
「今さら」とはどういうことだろう。
僕らはデリーを出発する前に裁判をすることになるかもしれない、ということは聞いていたが、その時に裁判をするつもりがないということは話していたし、その後の旅行中に電話したときも裁判の話など出なかった。やはり彼らはにせ政府観光局のやつらとグルなのだろうか。
「これにサインすると裁判をすることを了承することになるんですか?」
と洋子さんに聞くと、
「これは被害を警察に報告するだけの紙で、訴訟状は裁判所に行かないと書けないから大丈夫」
ということだ。
「私たちは同じ日本人としてこれからもCTT(にせ政府観光局のこと)に日本人が騙されるのがほっとけないの。あなたたちはこれからもっと被害者が増えてもいいの?」
未来の日本人の被害者をなくしたいのはやまやまだが、このままでは僕らがとんでもない未来の被害者になりかねない。
答えに窮して困っていると、旦那さんが「サインするのかしないのかはっきりしてくれ」と言うので、
「サインはしません」
とはっきりと言うと、旦那さんは怒りとあきれのまじった表情で車に乗り込んだ。
僕らも仕方なく乗り込んだが、車内はかなり気まずい空気が流れている。
車は警察署に向かっていたらしく、到着すると門の前で弁護士のお兄さんが待っていた。
彼は僕らがサインを拒んでいることを知り、「安心して任せてくれ」と言ってくれたが、口約束では信用することができない。
サインを絶対にしたくない僕らとこれから警察に行こうとする洋子さんたちの間でなんとか折り合いをつけるため、僕は「このレポートを持って警察に行って、この被害に合ったのは本当です、と言うのはどうですか?」という提案をした。
僕らはコンノートプレイス署長と会うことになった。
洋子さんが署長に事情を話すと、
「なぜサインをしたくないのか正直に言ってくれないか?」
と署長はやさしく聞いてきた。
僕らはさっき洋子さんたちに話したことと同じことを再度説明したが、署長もなぜ僕らがサインをしないのかわかりかねている様子だ。
はっきり言って僕らはここが本当の警察署でこの署長が本物であるとは信じていなかった。
いきなりサインを要求されたことで完全に洋子さんや旦那さんを疑っていたし、むしろ敵のアジトにいるのではないかという恐怖感さえ感じていた。
さっきこっそり『地球の歩き方』で現在地を確認してみたが、どこにも警察署らしきものは載っていない。単に掲載されていないだけか、僕らが現在位置を見誤っているのかはわからなかったが、「地図に載っていない」という事実は僕らを不安にさせた。
別の部屋に移動し、しばらく次の展開を待っているとなんだかまわりに人が集まってきた。
どうやらこれからあのにせ政府観光局の事務所に向かうらしい。
「これからCTT(にせ政府観光局)に向かってその場であなたたちに犯人を特定してもらうから。サインしてくれればこんなことにはならなかったんだけど」
できれば二度とボスとは会いたくなかった。なんでこんなことになってしまったんだろう。
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