Chapter13「返金交渉」
Delightに着くと、そこは日本人だらけだった。
おそらく僕らと同じで『地球の歩き方』の評価をみてここに足を運んだのだろう。
社長であるサルダンさんは元軍人というだけあって恰幅のいい体格をしているが、とても温厚な人で、アミさんという日本人女性と結婚している。
サルダンさんは接客中だったので、僕らは痩せ気味の「セカンドマネージャー」と呼ばれる男にこれまでのいきさつを話した。
ひととおり僕らの話を聞き終わると、セカンドマネージャーは「安心しろ」と言ってDelightの名刺を渡してくれた。
セカンドマネージャーは1000ドルは取り返せると思っているようだ。
セカンドマネージャーが教えてくれた交渉の仕方はこうだ。
○まず強い調子で「1000ドル返せ」と言う。
○返さないと言ってきたら、オフィスの住所とIDカードをもらえ。
○証拠がないと言われたら航空券を見せて証拠はあると主張しろ。
○もしどうしても駄目だったら警察か日本大使館に行くと言え。
○めんどうなことになるのでDelightの名刺は見せるな。
「よし、俺が近くまで連れて行ってやる」
バグワンダスが連れて行ってくれるらしいが、彼は一緒に交渉してはくれないのだろうか。
どうやら彼も一緒に交渉すると話がややこしくなるし、今後仕事がしずらくなるということで、僕らは交渉後にコンノート・プレイスのPブロックのマクドナルドで待ち合わすことになった。
「1時間しても帰ってこなかったら助けに行ってやるから心配するな」
僕らは事務所に乗り込んだ。
オフィスには3〜4人の人間がいた。
僕らはそのうちの一人に事情を話し、1000ドル返金してくれという要求をした。彼の表情からして、僕たちのことはすでに知っているようだ。
彼は契約書を出し、ここに払い戻しはできないと書いてあるから無理だ、と言う。
もちろんそれは身に覚えのない契約書だったし、サインもしていないから無効だと僕らは主張した。
頑として返金に応じないので、僕らはセカンドマネージャーに言われた通り事務所の住所とIDカードを要求したが、そんなものはないと言う。
そのうちに、年配の欧米人旅行者がオフィスに入ってきた。
一緒に入ってきたのはあのイタリア系だ。
お得意の甘い笑顔とノリの良さで観光ガイドをしてきた帰りだろうか。
イタリア系は僕らに気づくと、「ハイ」と言って笑った。僕らの作った笑顔はぎこちなかったに違いない。
どうやら欧米人の旅行者は今からここでパッケージツアーの申し込みをするつもりのようだ。ソファーの近くでイタリア系と和やかな雰囲気で談笑している。彼らもまた、ここが政府観光局であると信じているのだ。
僕は黙っていられなかった。
「This is not government office(ここは政府系のオフィスではないですよ)」
右手のひとさし指で床を指差しながら小声でそう僕が忠告した瞬間、事務所内の人間が全員僕のほうを見つめ、その場の空気はピンと糸が張ったように張り詰めた。
「What?」
欧米人マダムは僕の言っている意味がよく理解できていない様子で、しきりに「どういう意味?」と僕に質問してくる。
僕らが交渉していたテーブルは入口近くで、イタリア系が欧米人とツアー契約を結ぶためについたテーブルはひとつテーブルを挟んだ奥にある。
テーブルとテーブルの間は簡単に間仕切られていて、欧米人からは僕らの様子は見えないようになっている。
欧米人とイタリア系がいるテーブルの向こうは、僕たちがインド2日目に騙されたあのボスの部屋だ。
僕が「This is not government office」と言った次の瞬間、それまで「知らないよ」という感じで軽く僕らをあしらっていた目の前の男の表情が変わり、ひとさし指を口の前に当て、「シィー」というジェスチャーをした。
そして新聞に《$1000》と書き、「黙っていたらこれを渡す」 と指差したのだ。
僕は交渉が一歩進展したことを実感した。
が、事務所に充満した殺気立った空気に身の危険を感じ取った僕は、マダムの質問に答えてあげることができなかった。
白状するが、僕の中に「黙っていたら1000ドルが返ってくる」という気持ちがあったことを否定することはできない。
今銀行に取りにいかせているから待っていろ、と言われたのでその通りにしていると、ボスが帰ってきた。
僕らはボスに奥の部屋に呼ばれた。
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