Chapter1「到着」
2月14日。
世間がバレンタインデーで浮かれている同じ頃、僕と田中君は インドの首都デリー郊外にあるインディラ・ガンジー国際空港 に到着していた。
空港の中は薄暗く、人もまばらである。
いるのはたったいま到着したJAL471便に搭乗していた100人 ほどのインド人と僕らを含めた4〜5人の日本人客ぐらいだ。
「ほんとにここが国際空港か?」
田中君は国際空港というにはあまりにもみすぼらしい雰囲気に、すでに軽いホームシックにかかっているようだった。
たしかインドと日本の時差は3時間半だったな、と思い腕時計の 針を戻すと時計は現地時間の19時40分を差している。
僕らはとにかく人の流れについていく。
人込みの中に同年代の日本人の女の子が混じっていた。
大きなバックパックを背負っているのは僕らと同じだが、 どうやら一人できたようだ。心なしか顔が不安で引きつっているように見える。
「女の子ひとりでインドかよ。勇気あるな〜」
「2回目なのかな」
「それにしては不安そうな顔してるぞ」
よっぽど声をかけようかと思ったが、その場で一番不安そうな 顔をしていたに違いない僕たちは、女の子に声をかけるには 余裕がなさすぎた。
入国審査を終え、人の流れにしたがって最後の関門らしき税関 の列に向かうと、そこは押し合いへし合いで、まるで戦場と 化していた。
誰もが少しでも早く税関を通過しようと、我先にと人を押しのけ ている。
こいつらはまったく列を作るつもりはないようだ。
後ろのインド人も、舌打ちしながら僕の背中を小突いてくる。
「大人なんだから並んで待っとけよな」
日本語で愚痴ってみたが、いきなりのカルチャーショックだ。
ちゃんと並ぼうとしてもどんどん後ろから割り込まれて埒が あかないので、僕らもその場のルールに従い人を押しのけ 税関の係員が立っているカウンターを目指す。
税関をあっけなく通りすぎ、押し出されるようにして出口を出る と、30歳ぐらいのインド人がなにごとかを英語でまくし立てて きた。
「なんだこいつ。怪しいからシカトしようぜ」
田中君も僕もいきなり客引きに捕まるとは予想してなかったので、 内心ビビりつつも平静を装う。
空港を出る前に両替をしておきたかったので、彼は無視して 両替所に向かうことにした。
「おいおい閉まってるぞ」
時間が遅いからか、空港の中の両替所は全て閉まっていた。
「税関でる前に中にあった銀行で両替しとけばよかったな」
相変わらず客引きは僕の腕を掴みながらしつこく何かを訴えている。
よく聞くとデリー市街地までの交通手段はあるか?と聞いているようだ。
僕は飛行機の中で、空港を出て非公認タクシーの客引きに 捕まってぼったくられた日本人の被害について予習していたので、 バスかプリペイドタクシーで行くのが一番安全だということを 知っていた。
「俺たちはプリペイドタクシーで行くんだ」
僕が精一杯語気を強めて言うと、客引きは心外そうな顔をして こう言った。
「わたしはプリペイドタクシーの客引きですよ。100ルピー でOKです。さあ行きましょう」
「こいつプリペイドタクシーって言ってるけど、どうする?」
「怪しいけど、確かに交通手段ないしな。100ルピーて安いな。 たしか相場は300ルピーくらいなんじゃなかったっけ? でもその前に両替しなきゃ」
客引きは僕らが両替をしたがっていることを知ると、捕まえた 獲物は逃がさんといった感じで、僕の腕を強引に引っ張り、僕らは空港の 外にある両替所に連れて行かれた。
両替所の前にはインド人が行列をつくっていたが、なぜか僕らは 両替所のブースの中に入らされた。
客引きは勝手に両替所の親父が持っているルピーと僕らの200 ドルを交換し始め、「これで両替は終わりだ。さあ行こう」 というようなジェスチャーをしてみせた。
僕らはブースの外で行列をつくっているインド人たちの好奇の目 と、両替所の親父の哀れみをたたえた目に晒されて、軽いパニック 状態になっていたが、ふと我にかえり、これまた『地球の歩き方』 で予習した、「両替をした後は必ず紙幣を数えて破れているルピーは 交換する」という教えを思い出した。
「チェンジプリーズ」
案の定足りなかった数ドル分とこっそり紛れ込ましていた 破れて使えないルピーを交換してもらうと、僕らは客引き に連れられ、「プリペイドタクシー」に乗り込んだ。
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